島津家磯お庭焼 

■薩摩の名陶
磯お庭焼 白薩摩
薩摩焼とは、文禄・慶長の役の頃、当時の藩主島津氏が朝鮮から連れ帰った李朝の陶工たちによってはじめられました。藩主島津氏が広めたことがきっかけで島津家磯お庭焼きと親しまれ、以来400年以上に及ぶ長い歴史の中で独自の発展をとげてきました。また白薩摩でも、堅野系、龍門司系、苗代川系という異なる作風の系統を生みだし今に伝えています。1867年(慶応3年)には、島津藩が単独で出品したパリ万博において、薩摩焼はヨーロッパの人々を魅了し、世界に「SATSUMA」の名を轟かせました。現在では県内全域に窯元が存在し、さまざまな技法を凝らした作品を製造しています。毎年2月20日頃に「窯元まつり」、11月20日頃に「薩摩焼フェスタ」が行われており、 2007年11月、万博初出展140周年を記念し、フランス国立陶磁器美術館(セーブル美術館)において「薩摩焼パリ伝統美展」が開催され好評を得ています。

薩摩焼

■薩摩焼(さつまやき)は、鹿児島県内で焼かれる陶磁器で、竪野系、龍門司系、苗代川系があります。主な窯場は加治木町の龍門司窯、日置市(旧東市来町)の苗代川窯、鹿児島市の長太郎窯など。「白もん」と呼ばれる豪華絢爛な色絵錦手の磁器と「黒もん」と呼ばれる大衆向けの雑器に分かれる。豊臣秀吉の文禄・慶長の役の際に、捕虜として連行されてきた朝鮮人陶工たちが、島津義弘の保護の下に発展させた。1867年(慶応3年)のパリ万国博覧会に初出展され、欧米で流行したジャポニスム(日本趣味)に影響を与えた。2002年(平成14年)1月に国の伝統的工芸品に指定された。

薩摩焼の種類

●白薩摩(白もん)
日置市(旧東市来町)美山地区にある苗代川窯で焼かれていた陶器。藩主向けの御用窯で、金、赤、緑、紫、黄など華美な絵付を行った豪華絢爛な色絵錦手が主である。元々は苗代川焼と呼ばれ、薩摩焼とは名称を異にしていた。

●黒薩摩(黒もん)
白薩摩に対して、大衆用の日用雑器として焼かれていた陶器で、鉄分含有量が多い土を用いるため、黒くなる。繊細かつ優美な白薩摩に対し、野趣溢れ重厚な面持ちがある。特に、黒ヂョカ(茶家)と呼ばれる素朴な土瓶は、焼酎を飲むときに好んで用いられています。

多くの窯元が薩摩焼きを生産していますが、磯お庭焼きでは95%が白薩摩、5%が黒薩摩の生産と言われています。

白薩摩の魅力特徴

白薩摩が他の陶器と比べて違う大きなの魅力は乳白色の記事にキメ細やかな貫入(ヒビ)があり、その上に繊細な絵が描かれているのが特徴です。貫入とは、白薩摩の大きな特徴です。焼きをしてから熱が冷めるときに縮小してヒビが多く入ります。

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薩摩焼 白薩摩

伝統工芸品・薩摩焼は白薩摩と黒薩摩があります。
黒薩摩は鉄分を含んだ黒っぽい薩摩特有の土を原料とし、昔は一般庶民の生活の器として親しまれてきました。

白薩摩は主に上層階級の使用品や贈答品など、藩主専用の焼物として親しまれ、花瓶・香炉・茶器などの名品が多く、加工コストも高いということで庶民からは遠い存在でした。

400年もの間、藩主御用達として、常により良きものへと歩んできた「白薩摩」。貫入(ヒビ)という表面の細かなヒビが特徴で、黄味がかった白地の肌の赤、青、緑、さらに金彩をほどこした豪華で繊細な作風の金襴手は、まさに薩摩の歴代の藩主が育てあげた薩摩の美学なのです。

また、白薩摩の特徴が透かし彫り手です。きめ細かい土を成型した後、網み竹のバラ目文を小刀で彫りぬいていきます。たいへん手間のかかる作業で10日ほどかかります。繊細な技術が生きているのが白薩摩です。